« 文化堂発見。 | トップページ | おかしのまちおか »

2006/03/12

御幸(みゆき)村から幸区へ。

区役所でこんな掲示を見かけました。

幸区の由来 クリックで拡大します。

幸区の小向(こむかい)というと、ちょうど東芝の工場があるあたりですが
昔は、梅の名所だったそうです。
明治時代、天皇が観梅のためにこの地を訪れた(行幸/御幸された)ことから
「御幸(みゆき)村」(~昭和47年)と呼ばれるようになったのだそう。

東芝のみならず、明治後期から御幸村には多くの工場が建設されました。
そして川崎市が政令指定都市となった昭和47年、
幸区は「公害病認定地区」に指定されるのです。

今は再開発が進み、以前の「工業のまち、公害のまち」といった
ネガティブイメージは変わりつつあります。
都市の印象は住む人の意識や時代背景で変わるのですね。

元々は梅の名所であったことが、区の名前の由来であるという事実。
過去の一時代を覗き見したようで心が躍ります。

梅の美しいこの季節、
幸区での私たちの新しい生活が始まったことを嬉しく思います。

|

« 文化堂発見。 | トップページ | おかしのまちおか »

コメント

月島おばんさま、いらっしゃいませ!
嬉しいお言葉をありがとうございます。

勝どきを離れた寂しさはもちろんあります。
でも、川崎も何かの縁で住むことになった場所ですので
まずは「知る」ことから始めていこうと思っています。
その気持をご理解いただいたこと、本当に感謝いたします。

昔は大田区にお住まいだったとのこと。
「設計図を空から落としたら翌日には製品ができてくる」と、
いう精密な手工業のイメージがあります。
これも他に例のない街の印象ですよね。

投稿: chibicom(管理人) | 2006/03/14 21:47

今晩は。
川崎でも、地元の情報に興味をもたれて、地元を愛していこうという気持ちが伝わってきます。

川崎は、以前の隣町。川向こうの大田区在住でした。
懐かしいです。

投稿: 月島おばん | 2006/03/12 21:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 文化堂発見。 | トップページ | おかしのまちおか »